放置状態で申し訳ありません。
お陰さまで5月より、学校の一室をかりてプレ開業することができました。
「乳癌の見つけ方」で検索されている方が多いので、私の知ることをここに記します。
まず何より、定期検診です。
婦人科よりも乳腺科で検診することがベストです。
乳癌を見つけるというよりも、
乳腺が張りやすい場所(しこりもできやすい)を見つける方法を紹介します。
小腸のリンパ節の反射として、乳腺部に出ることがあります。
小腸のリンパ節はへそを中心に同心円(下図左)の周囲です。
そこに硬い所を探します。
赤い○のところに出たなら
→へそからその赤い○の角度と乳頭に対して同じ角度の赤い○
青い○のところに出たなら
→へそからその青い○の角度と乳頭に対して同じ角度の青い○
のところに乳腺が硬く痛みがあったり、また、しこりも出来やすいことがあります。
へその周囲の硬いところをゆるめると、痛みが消えたりすることもあります。
ただし、しこりが見つかったなら、必ず検査を行ってください。
これは乳癌を治す治療ではありません。
もちろん小腸が原因でない場合も多いです。
ストレスから来る十二指腸炎など、
小腸から来る場合のみを紹介しました。小腸の硬結と一致しない場合はすぐに病院へ行ってください。
しこりが見つかっても同様にすぐに病院へ☆
図はここをクリックしてください
http://blog-imgs-23.fc2.com/b/a/r/barrierfree1124/20071031012553.jpg
お問い合わせは
http://bloom-s.gaiax.com/home/barrier_free
- 2007/10/31(水) 02:30:35|
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すみません。。。
パソコンの調子がわるく、データが全て消えてしまったため、お返事することができません。
なんとか普及を試みましたが駄目でした。
お返事すると言っておきながら、お返事していない方もいらっしゃいます。
申し訳ございませんが、一度メールをいただけませんか。。。
重ね重ね申し訳ありません(>_<)
- 2007/03/19(月) 21:10:51|
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以前の学校で乳がんの見つけ方という講義があった。
普段の施術部位のリンパ節に腫脹があると、その恐れがあると。。。
臨床実習中に、ある患者さんを施術した時に、その腫脹を見つけた。
臨床実習は施術者を指名したりすることはできず、同じ患者さんを複数回診る事はないのが現実。
その患者さんは1年以上通院していてたが、そう指摘をされたのは初めてだったようだ。
他のリンパ節にも腫脹が出ていた。
もしかして・・・と思い先生を呼んで相談の上、施術は行わず病院で検査してもらうことを薦めた。
結果は陽性。
乳がんが骨や他にも転移していたことがわかった。
解剖学の先生(実際の医師)にも確認したところ、もちろん乳がんの部位や種類にもよるが、我々が教わった所での発見では遅いことがわかった。
すぐさま、講師にも話し、授業内容の訂正を求めたが、慣習というか方針というか・・・。
なかなか訂正されることはなかった。
実際に教科書にもそう書いてる。
粘りに粘って、私達の翌年からはそこでは手遅れの可能性が大きいというい形で、学習要項を変更してもらえるようになった。
その後は2名の乳がんを発見した。
2人とも早い段階で発見できて、大事にいたらずにすんだ。
ただ、薦めても検診へ行ってくれる人も少ないのも現実。
実際のところは何名かはわからない。。。
先日その患者さんの入院している病院を教わった。
もっと早くに・・・という気持ちは当初は強かったようであった。
でも、ずっと気になっていたので、責められることを覚悟してお見舞いにいった。
そしたら責めるどころか、見つけた事へ感謝の気持ちを言われた。
見つける難しさや、見つけられなかった経緯も説明しようとしていたが、そんなもの必要なかった。。。
逆に励まされた。。。
その方は臨床実習やその他の事でも学校へかなり、協力をしてくれていた人だった。
にも関わらず学校関係者は誰一人お見舞いにも来ていない。
責任問題までは行かないとしても責められたり・・・恐れているのだろうか。。。
学校へも報告しに行った。
担任や若手の先生はわかってくれたようだが、学校の教員としては動けない旨を言われた。
理事長もいて理事長室へ呼ばれた。
開口一番で。。。
○○さん家族はもう学校へは協力してくれないな。。。
自己責任で学校には責任はない。。。
絶句した。。。
そんなことを言いに来たのではないのに。
患者さんの気持ちやご家族の気持ちを伝えた。。。
学校の立場がわかるところもある。
あげくに患者への感情移入のし過ぎは治療家としてみれば不適切。
○○君は治療家には向いてない!・・・と。
学校側としてはお見舞い等する必要はない!
これでは末端の教員は行くことすらできない。
去年の末に、この学校の教員採用の話しをもらって、教員養成科の受験をし、失敗したこと、本当に良かったと思った瞬間だった。
治療家としてというより、人として。。。
- 2006/07/22(土) 13:28:31|
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心の時間と、周りの進む時間の差。。。
その差があることすら気が付かないで必死に頑張っている人。
そして気が付くことができても。。。
それはそれで、時間を取り戻そうとしてもがいてしまう人もいるよね。。。
どんどんその差を、今まで以上に感じてしまうことあるよね。
そして、それも時間が解決してくれると信じて。。。
でもその時間も、時ばかりどんどん過ぎていく。。。
前向きに頑張った。
普通に笑顔も作れた。
ううん普通を装っていることが前向きだと思っていた。。。
後を振り返らずに前だけを見て。
自分に言い聞かせ続ける。。。
そう思えるようになるまで。。。
そして感情を消すことができるようになった。。。
焦りの気持ちが悪循環になることを、嫌というほど味わったから。。。
それしか前に進む方法を見つけられなかったから。。。
誰にも自分の気持ちを出す事、出来なくなっていた。。。
自分の気持ちもわからなくなっていた。。。
プラスの事だけを自分の気持ちと言い聞かせ、前に進んだ。。。
1歩1歩前に進んだ。。。
まるで機械のように。。。
そして完治させることができた。。。
生きていて良かったと思えるように生きる・・・そう言い聞かせ続けて。
完治できても素直にそう思うことはできなかった。
財産となったことは数え切れないほどあったよ。。。
でも、ぽっかり開いた心があった。。。
怪我をした時から止まったままの心があった。。。
だから素直にそう思えなかったのかな。
それを取り戻せたのは原点に帰ってから。
怪我をした時の原点に戻って、そこから歩き始めたから。。。
今も歩き続けている。。。
私が見つけた方法。。。
結果として完治させるには正しかったのかもしれない。
でも、間違いであってほしいと思う自分もいる。。。
もっともっといい方法が、気持ちや心を大切にしながら進める方法があると思う。
それを見つけるためにも、今の学校の技術や知識は必要最低限だと思ったから進学したんだ。
言葉では何とでも言えるからね。
前向きに歩こう。今の自分を受け入れよう。。。
今の自分を受け入れて前向きに歩く。
でも、その今って、現在のことだけではないよね。
怪我や事故ならその瞬間から。
心や気持ちは、なぜそうなったかの原点。
それに戻ること、そこからはじめることが大切だと思う。。。
それは過去を・・・後退だけではないと思う。
そこから始めないと、心の時間と周りの時間の差はうまらないんじゃないかな。。。
- 2006/05/23(火) 22:12:50|
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その人にとって、ごくごく普通で当然のように思い、感じ、行動にできること、してきたこと。
その当たり前と思えることの集まりが、価値観と言えるのかな。
でも、それは他人にとってみたら、特別なことと感じる人もいるだろう。人の感じ方、考え方は100人いれば100通りある。
離婚の原因の中でも、価値観の違いが占める割合も多いと思う。
価値観の違いって大きいね。
でも、もともと考え方は違うところがあるのは普通。
相手の価値観を受け入れることができるかできないか。。
自分の価値観を相手に押し付けていないか、どうか。。
この差が大きいんじゃないかな。
完璧なんて人はいないと思う。
自分は完璧だって思っている人は、逆に完璧って何かを教えて欲しい。
おそらく、そういう方は自分が価値観を押し付けていることにも気が付かないと思う。
自分にとっての完璧を相手に求める。
「こんなの当たり前!!!」
「こんなこともできないの!!!」
「こんなの当然!!!」
相手にも不足していることはあるだろう。
例え、間違っているなら、その箇所を相手にわかるように伝えてるのかな?
頭ごなしに、「駄目だ」「間違っている」。。。
と否定し続けられたなら・・・。
自分に自信持てなくなるよね。
いくら努力しようとしても、その努力も否定されたりしたら。。
何も出来なくなる。
自分は駄目?自分が悪い?
今度は自分を自分で責めるようになって、自分の存在価値すらわからなくなってしまう人もいると思う。
そして通院している方も沢山いるんじゃないかな。
必要だから薬を飲んだりしていても、通院などで、また、偏見を生んでしまうことも多いと思う。
価値観を押し付ける人は、自分に自信があるんだろうね。
でも本当に自信があるなら、人の意見も受け入れられるはす。
否定されるのが怖いのかな。
大人になりきれていない人なのかな。
相手の事を思って掛けた言葉と、押し付けは違うんだよ。
それに、押し続けられたら、感謝の気持ちなんて持っていたとしても、どんどん薄くなってしまうしね。
そもそも、当たり前ってなんだろう。
当たり前のことなんてあるのかな?
多分当たり前という言葉の意味は。
当たり前のことが当たり前でなくなって、はじめてわかることだと思う。
それは心も身体も同じこと。
心を否定され続けたり、突然の事故や病気で身体も心も傷ついてはじめてわかること。
普通と思えていたことの大切さ、大きさ、難しさを知る。
当たり前のことが当たり前でなくなると、今まで普通としか感じていなかった事に感謝の気持ちを持つことができるよね。
当たり前の事なんてない・・・と感じられたなら、いろいろな事へ感謝の気持ちが持てる。
そして、それが新しい自分の価値観となって財産になる。
完璧なんていらないよ。
そんな特別なことは望んでないよ。
ごくごく普通と思えること。
素直に感謝できること。
それだけでいい。でもそれを手にするのって難しいね。
- 2006/04/09(日) 20:16:30|
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